メグライアンになった日

Bisi_lanch1

皆さま、東京ミッドタウンへはもうお出かけになりましたか?

私はクライアントがこのビルに入ったので、3月初旬から毎日のように

通っているざます。とは言っても、行くのはオフィス空間ばかりで、

華麗なショッピングゾーンにはまだ足を踏み入れてはいない。

このミッドタウンで、先日、かねてより密かに憧れていたビジネスランチ

なるものを初体験した。

その嬉しい知らせは前日の夜。「ビジネスランチしながら打合せしよう」と

担当者から連絡が入った途端に、私は一気にメグライアンになって

しまったのだ。なぜメグ・ライアンかというと、深く聞かないでほしいが、

映画の「Kate & Leopold(邦題はニューヨークの恋人)」が印象的だった

からである。別に、メグがビジネスランチしてたシーンがあったわけじゃない。

なんだかこの作品のメグのオフィスファッションがとてもカッコよくて

脳裏に焼き付き、ビジネスランチという響きを聞いて一足飛びに連想した

のだろう。だから、深く聞かないでほしい。

タマメグライアンは、普段よりはビジネスチックにキメて出かけた(他人

にはわからない程度)。けれど、やはりここは日本。クライアントも

日本企業。出てきたランチはしっかり‘和’であった。ナイフ&フォークが

並んだテーブルを想像してたが、わらわが浅はかであった。

とはいえ、懐石風のお膳はそれなりに豪華版。気分を取り直して、いざ

ビジネスランチモードに突入しようと思ったが、いかんせんニッポンの

企業戦士たちというのは、ゆっくりとミーティングをしつつ、ランチを優雅に

いただくという映画で見るような図式にはならないらしい。私のほかは全員、

男性ばかりということもあったのだろうが、パクパクッとすごいスピードで

無言で食べて、その後、打合せに入るの図。これじゃ、ビジネスランチじゃない。

優雅に株式のことなど話しながら(広告畑ではそんな話はしないけどね)、

ほんの少しずつ口に運び、時折、ナプキンなどで口元をぬぐう。そんな

映画で見るような展開にはならないのであった。それどころか、周囲が

終わってしまった気配を感じ、焦りまくってカプッとまる飲みし、味なども

まったくわからずに胸を詰まらせる始末。1人、給食を食べるのが遅くて、

お掃除の時間に入っても、ぽつんと食べさせられている児童になってしまった。

ビジネスランチは、儚き夢と消えた。ま、私もメグライアンじゃないから

大きなことは言えないけど。

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タマ、淑女になる

Chiyoka

仕事仲間であり、大切な友人でもあるチヨカちゃんの結婚式があった。

なんともかわいらしいお嫁さんで、妹を嫁がせるような気分になり、

感激の一日であった。

こういう日、オンナにとってドレスアップは楽しい作業である。与えられた

役柄になりきるタイプの人間なので、私も当日はしっかり淑女となる。

オーストラリアで買った黒のドレスを着て、ロングコートをはおった。

行きつけの美容院で髪をキメてもらうため、自宅を出て最寄の駅から乗車。

と、スルリと腰のあたりにナニゴトか感触が発生した。「?」と思った次の

瞬間、足もとにふわふわした黒い物体を発見。ペチコートだった。

ドレスには裏地がついているので着用せずともよかったが、なんとなく

保険で穿いてきたのが運のツキ。だいたい日頃はカジュアルなので、

ペチコートは無縁である。出かける間際に引き出しの奥深くから引っ張り出し、

確かめもせずに穿くからこの有り様となる。つまり、腰のゴムがゆるみ、

スルリスルリと落下したのだ。ギョッとした後、まずはロングコートを

羽織ってきた強運に感謝。そして事態の収拾を試みる。第1ステップは

式場で脱ごうと思って穿いてきたハイソックスのゴム部分までペチコートを

引き上げ、ギュウギュウとねじ込む作戦に挑んだ。もちろん、ロングコートで

目隠しをしつつである。いくら隠していても、不自然な動きであることに

変わりはないから、車内ではなにしてんだ?と思った人もいるに違いない。

が、エマージェンシー状態の私にしてみたら、そんなこと、かまったこっちゃ

ない。ハイソックスにねじこむ=人目からは隠せる、ということである。

とりあえず、この行程は完了。ひと息ついて、さらにハタと気付く。「これで

二足歩行ができるのか?」。美容院までは辿り着けば、あとはなんとか

なる。脱いじゃえばいいのだ。けど、まさか電車内でスルリと脱ぐわけには

いかない。恐る恐る足を動かしてみると、ハイソックスねじこみ作戦はまことに

あやうく、すぐにまた落下することが判明。でも、私はこういう急場に天才的な

ヒラメキが出るんざますねー。ロケの場数をこなしてきたので、急場をいかに

凌ぐかという訓練ができているんざますの。

要は落ちなきゃいいのである。ガシっと両手をポケットに突っ込み、ドレス越しに

ペチコートをしっかりとつかんだ。これなら手を離さない限り、落下の恐れはない。

しっかりとつかんだ後は、心穏やかな淑女に戻り、平然と車窓を眺める人と

なった。めでたしめでたし。

もし、万が一、このような事態に陥ることがあったなら、この方法、お薦めします。

ただし、ポケット付きロングコート着用に限りますが。さらにはペチコートのゴムが

ゆるかった場合に限りますが。

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記憶の1ページ目

Kioku

いちばん最初の記憶を辿ってみる。

映像部門でいえば、グルグルまわっているシーンである。メリーゴーランドで遊んだと

いう優雅なものではない。それは1歳半(母の証言)。当時、住んでいたアパートの

階段を落っこちたのである。天地がぐるりんぐるりんと回る映像から我が人生が

スタートしている。そして、ふとんの上へとカットは移る。会社を早退して駆けつけた

青い顔の父と、もっと青い顔の母が私を覗き込んでいる光景になる。痛さも怖さも

記憶にないが、ぐるりんと回った映像だけが1ページ目に記録されてしまった。ドジな

人生を象徴しているとも言える。目が回るような忙しさを示唆していたとも言える。

音部門の記憶の1ページ目はオルガンである。幼稚園の年少で、「七夕」を演奏

しながら大声で歌っている音が残っている。ササノハ、ハ、サァーラサラと‘ハ’が

入り込む覚え方で音符と帳尻が合わなかったが、唯一、弾けた楽曲なので、

得意げに1ページ目に輝いている。

そして、香り部門の1ページ目は、一気に育って中学生。まさか幼児から中坊に

なるまでなにも匂いを嗅がなかったわけではあるまいが、なぜか中学である。

それはキンモクセイ。とりわけ、楽しかった運動会に記憶がつながっている。

町にひとつだけある中学校なので、運動会は町民がみな見に来る町をあげての

大イベントだった。学問は大してできないが、運動はちょっとしたものだったので、

このイベント時のみ花形である。リレーはアンカー、女子としては初の応援団長も

こなした。そんな運動会をはじめとして、きわめて楽しい中学時代だったせいか、

キンモクセイの香りを感じると幸せな心持ちになる。

記憶は幸せも運んでくれる。

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子どもたちの夢

Jleagu

サッカー全日本にハマったのには、ワケがある。以前、親しかったクライアントの

Sさんが、超優良企業を退職してまで好きなサッカーの仕事に就いた。Sさんとは

お仕事をくれる人、もらう人の枠を超えたお付き合いをさせてもらっていた。ボスも

私もSさんのことが大好きだった。そんなSさんが国際試合のチケットを何度か

送ってくださったので、国立競技場にセッセと通い、ハマっていったのである。

もちろん、全日本戦は欠かさず観戦している。だが、Jリーグは正直なところ、

あまり見ていない。先日、久しぶりにTV観戦したが、こりゃあかんと思った。

ユニフォームである。地域密着を掲げているのはわかるが、胸元にデカデカと

○○産業などとある。それもヒドイ書体で。ロゴだから、その書体なのっと

叱られるかもしれないが、とても美しいとは言いがたい。気になってアチコチの

チームをチェックしたら、やはりあまり芳しくはない。Jリーグ発足当初はこんな

ことはなかったと思うが、いつの間にこんなことになっちゃったのという印象である。

これって憧れの対象になりうるだろうか。NYヤンキースのあのピンストライプが

着たい、Rマドリードのあの白が着たい。子どもたちはそう夢見て一流アスリートを

目指すのではないだろうか。もちろん、各選手の個人技に憧れるのが第一なのは

わかっている。だが、カッコ悪いよりカッコいい方がいいに決まっている。子どもに

夢を与えたり、観客にカッコイーと感じさせることも商業スポーツの使命ではない

だろうか。地域のスポンサー様にご理解いただくのは難しいだろうが、もうちょっと

なんとかならないものか。1円も出さずして、クチだけ出して申し訳ないが、

サッカー界のみなさん、ユニフォーム、かっこよくしましょうよ。

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あみいの運動会

Koutei  Tamaire

Nyujoumon

あみいちゃんシリーズ、入学式に続いて今度は運動会である。

最近の小学校は、なにを目指そうとしているのかわからない教育方針が多く、

かけっこもお手々をつないで仲良くゴールなどと不埒なルールでやるらしい。

個々に得手不得手があるのだということを教えずして、なにを教えようというの

だろうか。ま、あみいの通う学校は、ちゃーんと順位を決める方式だったので、

まともな教育方針とみえる。少し安心した。さらに校長先生もナカナカな人物で、

終わりの挨拶は「6年生は運営をキチンとこなしてえらかった!1年生は元気

いっぱいでよかった」と歳ごとに児童を誉める内容。その上、後片付けでは他の

先生たちといっしょにテント撤去などをやっておられた。エライ人はこーゆーことを

しないと私の脳みそにいつの間に叩き込まれたのかわからないが、なんだか

とても新鮮に感じた。

体育会系コピーライターとしては血が騒ぎ、張り切って応援しようと思ったが、

一年生は出番が少なく、かけっこと玉入れ、ダンスのみ。ダンスはなんとワンナイの

ゴリエちゃんのペコリナイトで、花笠音頭を踊らされた昭和時代の小学校とは随分

ちがうなぁと感心した。もひとつ、感心したのは、子どもたちの成長ぶりである。

たった3ケ月前の幼稚園時代は、お遊戯会の壇上で「タマちゃーん」などと手を振って

いたのに、もうこちらが声をかけても振り向いてもくれない。出番待ちで整列して

いる時に写真を撮ろうと呼んでも『お仕事中なんだからねっ、そんなお気軽に声なんか

かけないでよねっ』といった風情なのだ。それは仲良しのMちゃんも同じ。名前を

呼んだら『こらっ、今は行事中ですっ』と目で怒られてしまった。

公式の場でプライベートは優先してはならぬと、いつの間に覚えたのだろうか。

こうやって社会の中で生きていくためのルールやマナーを覚えていくんだなぁと

感心しきり。成長しないのは、大人たちだけのようである。

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いろんな敵

Photo

今度は紫外線と闘う日々が始まった。今度は・・・というのは、年間を通じて闘う

対象物が変わるからである。敵はトシを重ねるごとに増してくる。若い頃はこんなに

しょっちゅういろんなモノと闘わなくても、日々、快適に過ごせたものなのに

トシを取るとは闘うモノが増えることかと実感する。たとえば、冬場は乾燥や静電気と

闘わなくてはならない。肌のかさつきはもちろんだが、静電気で髪がペタッとなるので、

その対応に苦慮する。その闘いが終わる頃は、湿気との闘いが始まる。今度は

逆に髪が膨張し出すので(私の髪質っていったいどんな?)、ストパーをかけたり、

帽子をかぶらなくてはならない。湿気と闘う期間は忙しくて、紫外線という他の敵も

現れる。前後左右に敵がいた戦国武将のように、アチコチに策をたてなければならない。

紫外線とは海外でもよく闘った。戦国武将は戦場が日本国内だが、私の場合は世界で

闘わなければならない。ことにオーストラリアは大気にオゾンホールがあるとかで、

紫外線の量と強さはハンパじゃない。なんという因縁か、ロケはこのオージーが多い

のである。この写真は北西オーストラリアのモンキーマイヤーというところ。

野生のイルカが毎朝、ビーチに遊びにくるので有名な場所である。膝下までつかる

程度の場所で待っていると、イルカちゃんが近くをゆ~らゆらと泳いでくれる。決して

触ったりしちゃいけないし、大声も出しちゃいけないので、人間たちはただ静かにじっと

立っているだけなのだが、けっこう感激する。ただ、紫外線が上からバンバン降り

注ぐし、砂浜がレフ板となって反射もすごい。あっという間に黒こげになってしまう。

開放感あふれる海だというのに、この暑ッ苦しい重装備は、そういう理由からである。

焼けたっていいじゃんかと思われるだろうが、そうはいかない。満遍なく真っ黒に

なるならそれはそれでよいが、問題はシミである。可愛らしい小さなソバカス程度

なら気にしないが、直径5ミリのでっかいシミができてごらんなさい、アナタ。

そう、私のシミはデッカイのがボコッと出現するので油断ならないのである。

オンナはタイヘンよ、ほんとにもう。

ちなみに、背後にいるのはペリカン君たち。人間を友だちと思っているらしく、

のどかにビーチでくつろいでました。キミたちにも、敵はいるの?

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オドロキ 桃の木 バジルの葉

Bazil

初めての海外ロケはシドニーだった。ロケを体験するのも初めてなのに、いきなりの

シドニーである。オーディションもロケハンも「イマ、ナニシテンダロウ・・・」状態。

なにからなにまで驚きの連続である。驚けるのは、まだいい。なにをしているかが

わかっているからである。今、振り返れば、驚くレベルまで達していない無知な

部分が多かったとよくわかる。レンズの上でアシスタントがヒサシを作っている

ワケも知らなかった。

こんな初ロケの中で、数少ない驚きとして覚えているのは、‘スタイリストさんって

いうのは、なんてたくさん花を買うんだろう’ということである。モデルの後方に

アレンジフラワーが必要となると、青山あたりの交差点にある小さな花屋さん

ぐらい買い込む。その中から、状態のよい花を選び、スッスッとアレンジして

いく。広告の撮影では、小道具にしろ、商品にしろ、1カットを撮るために膨大な

量を用意するのである。

ちなみに、ひと束をワンバンチということも、その時に知った。英語の授業で

習ったかなぁ。社会に出てから覚えた英語の方が、はるかに生活やロケに

役に立っている。

このバジルも、先日のロケでスタイリストが用意した撮影小道具の余り。

捨てるのもモッタイナイので、コップに水をはって挿しておいた。と、今日、

見たら、白いヒゲがたくさん生えてる!? これまた驚き。生命力の強さ、

したたかさ、ぜひ見習いたい。え?これ以上?という声も聞こえてきそう

ではあるが。

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ミュゲの日

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今日はミュゲの日である。

ちょうど2年前の今日、フランスのフォンテンブローにいた。街かどのいたる所で

子どもたちが臨時販売所をつくって「ミュゲー、ミュゲー」と売っていたので、

通訳さんになんのことかとたずねた。フランスでは、5月1日にすずらんを贈る

習慣があるとのこと。すずらんは春の到来を象徴する花だとかで、春が始まる

5月1日にすずらんをもらうと一年、幸せに暮らせるのだという。ちなみにフランス

では免許がないと花の販売はできない法律があるのだが、この日に限っては、

シロウトも販売してよいのだとか。なんとも寛大な政策である。

もちろん、日本では認知度はイマイチ高くない。住まいのある世田谷の花屋さんでは

仕入れてさえいなかった。だが、やはり青山。朝、出勤前に立ち寄ると、店員さんが

セッセと小さな花束を作っていた。今日、会う人に贈ってハッピーな気分になって

もらおうと、そく購入。大した贈り物ではないが、小さな花束を贈るワケを話すと、

みなさん、とても喜んでくれた。クリスマスだぁ、ハロウィンだぁと、なんでも舶来モノを

取り入れるのはいかがなものかとしかめっ面になる御仁もいるだろう。だが、小さな

贈り物でほんのちょっぴり幸せな気分になってもらえるのなら、それはそれでいいのだ。

と、思う。

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あみいちゃんの入学式

Sakura1_1   Sakura2

Sakura4_3   

2歳の頃からずっと撮り続けているモデルのあみいちゃんが今年の春、新一年生になった。

出会った頃はまだパンパースだった彼女も‘チェリーピンク!’とランドセル色を指定し、

たまごっちを4つも操る賢い女の子になっている。そんなあみいちゃんの入学式を撮りに

行ってきた。当日は、桜満開の春爛漫。まさしく絵に描いたような入学式日和である。

今を遡ること、ンじゅー年前、私も入学式の日に満開の桜を見上げた記憶がある。

桜は毎年毎年、こうやって新一年生たちを祝福してきた。だからかな、桜を見ると

幸せな心持ちになる。

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ポジショニング

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長年、仲良くさせてもらった某クライアントの宣伝部の人が退職されたので、

ご苦労様会を開いた。他に出席者はボスとカメラマン2人。オジサマたちの

中で紅一点(自分で言うか)である。来週も、カメラマン9人、全員オジサマと

いうお座敷がかかっている。同世代の男性には、からきしモテない私だが、

なぜかオジサマやオバサマのウケはいい。オジサマたちの可愛がり方は、

スキあらばと狙う艶っぽさは皆無で、どちらかというと‘飼い猫’的。適当に

放っておいて、好きにしてなさいねという寛容さである。もちろん、ちゃんと

かまってもくれる。猫の私の方も、若いお嬢様たちのように、隅の方で

にこやかにお話を承るという姿勢ではなく、やりたい放題のマイペース。

主張したければニャーニャー発言するし、ポヨヨンとしていたければポヨヨンと

している。それは相手が大御所カメラマンであろうが、クライアントであろうが

同じである。こんなワガママぶりで許されるだけでなく、可愛がってもらえる

私はラッキーなポジションである。

一方、オバサマたちの愛情表現は‘おっかさん’的。いい歳をしているのに、

しっかり度が足りない私の世話を焼きたくなるのか、セッセと面倒を見て

くださる。だから私には、世田谷のお母さん、目黒のお母さん、東金のお母さん、

シドニーのお母さん、アテネのお母さんと、アチコチにタマ母がいる。これまた、

ありがたいポジションである。こんな風に育ててくれた両親と、こんな環境を

与えてくれたボスに感謝しなくてはならない。

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