なんちゃって江戸っ子

「生まれは?」と聞かれると「広尾病院です」と答えている。きわめて正しく

もっともな解答である。母の実家が近いので、広尾病院を選んだらしい。

父は宮崎出身だから、差し詰め私は九州男児と江戸っ子のハーフという

ことになる。そんな血統のせいか、祭りが大好きで血が騒ぐ体質に育った。

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今年も5月の第2日曜日、神田の祭りで神輿を担がせてもらってきた。神輿は

担ぎたけりゃ、だれでも担げるわけではありませぬ。それなりのツテやコネが

ないと担ぎ手の切符である法被はもらえない。幸運なことに親友のR子が

神田の生まれで、3代目の正統派江戸っ子。このありがたいご縁によって、

私も20代の頃から‘なんちゃって江戸っ子’に昇格させてもらっている。

おかげで町内のオジサンオバサンたちにも「よっ、ねぇさん、また来たねっ。

よろしくねっ」と歯切れよく声をかけていただけるようになった。6年前は張り

切りすぎて、右ふくらはぎに肉離れを起こし、松葉杖の生活となってしまった

ので、それ以降は学習してトシと相談しながら、担がせていただいている。

Mikoshi2    Mikoshi3

町内会の人たちは、当たり前のことだが、担ぎがメチャメチャうまい。

普段は冴えない系の八百屋のオッサンが、ふんどしに法被姿で正統派の

担ぎを披露してくれると「カッコい~」と惚れ惚れする。だが残念なことに、

花のお江戸は人口が減少の一途。R子の町内会でも、随分と前から

担ぎ手が減少し、町内にある企業さんに協力を求めてきた。が、最近では

日曜出勤を嫌ってか、その神輿対策用臨時雇用(?)の企業人間も少なく

なっている。そこで、インターネットで担ぎ手を募集したところ、くるはくるは、

今年は500人近くも集まった。ただし、この初心者たちは担ぎ方を知らず、

粋とイナセが1ミリもない大喪の礼のような持ち方で、ひどい人になると肩に

入れずに、両手でおっとりと持っていたりする。祭りの礼儀も知らない。

お手を拝借~の1本でしめた後に「へぃっ!へぃっ!へぃっ!」とJリーグの

ような歓声をあげてこぶしを振り上げる。この惨状に町内のオッサンたちが

キレた。R子も私もキレた。ニッポンの江戸の祭りをなんと心得る!

かくして、インターネットで集合した若者たちは、担ぎ方や1本のしめ方を

懇々と伝授されるハメとなっていた。それでも神輿というニッポンの伝統に

若者たちが触れることはいいことだと思う。知らなかったら教えればいいのだ。

第一、神輿は体力的にずーっとは担いではいられない。入れ替わり立ち代りで

担がなければ、宮入から練り歩きを経て神酒所までは戻ってこられない。

こういう初心者たちに協力してもらわなければ、21世紀の江戸の祭りは存続

できないだろう。インターネット募集しなかった他の町内会などは宮入後に、

トラックで神輿を各神酒所まで運んでいた。私は、こっちの方が邪道な気が

する。もともと花のお江戸だって地方から人々が集まり、文化を形成していた

はず。定住者を増やせない以上、初心者たちに協力してもらいながら継承

していけばいいと思う。

Mikoshi 

かくいう私とR子も、20代の頃のようにずーっと担ぎっぱなしという荒行はせず、

抜けたり入ったりしている。それも、町内会の人が集まる神輿前方をウロチョロ

して、神輿をコントロールする差配オジサンたちに「ねえさん、入んなっ」と先頭を

担ぐ栄冠を幾度となくいただく。汗まみれのヘロヘロにガラガラ声、肩は真っ赤に

腫れあがりつつも、今年も楽しく終了。肉離れも起こさずに済んだ。

途中、足はつったけどね。

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一難去って、また一難

Shikai

昨年9月、実は日本の広告写真界の大御所たちに混じっての写真展に

強制参加させられた。この難行は私にとって、意識した以上にブレッシャー

だったようで、終了と同時にぐったりと脱力感に見舞われた。そしてまた、

かよわき私に災難が降りかかったのでござる。この大御所写真家軍団の

中の一人が個展開催と写真集出版するので盛大なパーティを開き、なんと

司会を私にとなにを血迷ったか指名してきたのである。まったくもって受難の

日々である。これは合コンの司会などとはレベルが違う。ご列席の方々は

写真界の重鎮や各企業のオエライさんたちばかり。100名を超すオフィシャルな

大パーティの司会という大役にすっかり恐れおののき、丁重に何度も何度も

辞退した。が、去年の写真展同様、「いーの、やるのっ」と軍団の先生たちは

即決したばかりではなく、「着物で出ればぁ」などと無責任な提案までもしてきた。

ド緊張の上に着物など着たら、きっと私は呼吸困難でぶっ倒れるに違いなく、

着物の件はヒラにご容赦願ったが、司会の大役は決定事項となってしまった。

私はフ~ラチャカしているように見えて、意外となんでも下調べとお勉強の人

なので、司会進行のマニュアルをネットで見つけ出し、決戦の日に向けて研讃を

積んだ。このマニュアルで、これはこれはと感心したテクが台本のカード化。

1枚ペラにダァーッとセリフを書き連ねると、当日のド緊張によって、1ブロックを

すっとばしてしまう可能性アリなので、セリフ3~4行分を1枚のカードにして、

そのカードをめくっていく形式が好ましいというのだ。ド緊張で手が震え、カードを

2~3枚、一気にめくってしまったらどうするのかとも心配したが、1枚ペラ原稿

よりはマシかと思い、このカード方式を採用することにした。コピーライターなので、

原稿書きはお手の物。内容・流れともにうまーくまとめ、カード化し、ボスの目の

前で幾度となく大きな声で予行練習し、当日は自信をつけてコトに望んだ。

ところが、クセ者が集まった写真家軍団は一筋縄ではいかない。私のカードの

順番など無視して、「おい、次はコレやれ」「この後、オレにしゃべらせろ」の連続。

主役の写真家の奥様までもが「親戚のボクちゃんが花束贈呈をしたいといって

るんですの、よろしいかしら」とおっしゃる。しまいには会場側の小粋な計らいで、

サンバチームが演奏と踊りを入れ込むというのだ(ちっとも小粋じゃないやっ)。

台本にはない突発事項の連続に、開幕直前には瀕死状態となってしまった。

あ~、かわいそうに、大失敗だったのね・・・と同情してくださる皆さん、モノゴトは

思いも寄らぬ進展を見せるものであります。「皆さま、こんにちは」と始めた途端、

私は小学6年生の時に放送部に所属し、「皆さま、お昼の校内放送の時間です」と

落ち着いたトーンで放送する花形アナウンサーだったことを突然、思い出した

のであります。しかも、自己紹介をしたところで、私のクライアントの部長さんが

「よっ、tamaちゃんっ!」と掛け声を発してくださり、これにて一件落着。

パニクった5分前とは別人のような、冷静沈着、NHKの女性アナウンサーの

ように落ち着いた声でハキハキとしっかり司会をこなす大物になったので

ございます。祝辞をいただくオエライさんたちの会社名も役職名も間違うことなく、

カムこともなく、適度に笑いもとり、リッパにこなしたざます。宴もたけなわで

ございますが・・・と終了の挨拶も済み、「なぁんだ、ちゃんとできたじゃん」と

思った途端、ぐったり脱力感。帰路は、右足を前に出したら次は左足という

二足歩行さえも覚束ないほどに疲れきり、帰宅後はすぐさまベッドになだれ

込み、昏々と眠り続けたのでありました。

先生たち、もう、受難はけっこうでございます。

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チビっ子ロケ

Toakun

世界の子どもを被写体としたカレンダーを17年間、ディレクション

し続けてきた。国内でも広告宣伝用のキッズロケが日常茶飯事

なので、お子ちゃまロケに関してはエキスパートでござる。

ヘンテコリンなコピーライターだが、ボスの教育方針が「コピー

ライターといえども現場に出て、リッパなディレクターとなれ!」

だったので、こうしてリッパに育てていただいた(ホンマかいな)。

成長の証としてはまず、選択眼が育った。被写体となる子は顔が

かわいけりゃいいってものじゃない。顔立ちが整っていても目ヂカラが

ないと、写真になった時にインパクトが落ちる。逆にそんなに美形

ではなくとも、目ヂカラがあり、好奇心旺盛の子だと合格となる。

この選択眼はなかなか養えず、第一印象で写真にした時にイイか

どうかがわかるまでは、けっこう年月がかかった。

次の成長ポイントはロケ現場。自然な笑顔を引き出すためには、

カメラの横に立って、歌って踊っての大サービスを繰り返す。

その場でジッとしてほしい時は紙芝居作戦も決行する。ハタから

見たら、マチャミチックだろうが、そんなこたぁかまっちゃいられない。

笑顔の引き出し方は年齢&月齢によっても異なる。3歳児以上は

その時に興味がある対象物を使う。従って、今のチビどもの

ブームはなにか、旬のお歌はなにかを日夜勉強しておかなくては

ならない。男の子なら旬のヒーローものの決めゼリフやポーズ、

女の子なら今はラブベリである。これを熟知しておかないと、

小バカにされ、撮影もうまくいかない。

ごく自然ないい表情を引き出すためには、お友だちになっておくことも

大切である。チビッ子たちには「tamaちゃん」と呼ばせ、いっしょに

遊びまくってオモロイお姉さんだと認識させておく。けれど、仲良く

なりすぎて同列とみなされ、言うことを聞かなくなっても困るので、

友だち以上&幼稚園の先生未満という難しいポジションをキープ

しなくてはならない。ちなみにウチのロケはしつけもキチンとやり

ますデス。ロケとはいえ、ベタベタに甘やかすのは、ポリシーに

反するので、たとえばスタッフからアメをもらった子がなにも

言わないと「なんて言うのかな?」と促す。その子は次になにかを

もらうと「ありがとぉっていったぁ」と報告にくる。

これまで延べで800人近くを撮った。だが、これはイケルぞ!という

モデルちゃんは、めったにお目にかかれない。この赤ちゃんは、

久々に出会った大器で、その笑顔はまさしくハッピースマイル。

人を幸せにしてくれる笑顔なのだ。しばらく成長を追いかけます

ゆえ、覚悟してね。

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おめでた続き

Ballown   Shachi_cake

Shaci   Boss_speach

若手カメラマンのシャチ君の結婚式に招待された。チヨカちゃんの結婚式に

引き続き、おめでた続きである。幸せなシーンに立ち会えると、我が身と関係

なくとも、幸せな心持ちになれる。

ところで、このシャチ君は、なぜだかボスを親分として尊敬しているらしく、

来賓祝辞なるものを依頼された。ボスにとっては初めての出来事である。

ふだん、しゃべりはうまくない人なので、「オマエがやれよ~」と私にふって

きたが、それでは話がまとまらない。シャチ君と二人でなだめすかし、なんとか

承諾してもらった。マイクの前に立って、真っ白になられても困るので、原稿を

書いて準備しておくようにアドバイスする。「書いたよー」と言うので、見せて

もらったら、締めのオチしかない。「あとはなにを言えばいいのか」と聞くので

「シャチ君を誉めればいいのです」とまたアドバイスした。

ボスはO型で‘おおらか’が服を着て歩いているような人なのに、緊張したのか

式の3日前から知恵熱を出した。当日、どうなるかと心配したけど、熱の効果か

緊張を忘れてしまい、なんともうまーくしゃべってくれた。原稿は手に握りしめた

ままで、チラリとも見ずに、スラスラとしゃべっている。こんなボス、見たことない

ので、やはり熱の効果かと怪我の功名に感謝する。

さて、肝心のスピーチ内容だが、オチを言う前に笑いが広がった。出席者の

皆さまにはオチがわかってしまったのだ。ボス自慢の締めの言葉はこうである。

「私はダジャレおじさんとして知られており、新郎は今日も期待しているだろうが、

こんな席でダジャレを言うほど不謹慎ではありません。ところで、君は仲間に

シャチ君と呼ばれているそうですね。では、シャチ多かれ!ということで

ご挨拶とさせていただきます」

このオチなら、皆にもそりゃ、わかるだろ。けど、本人はウケたと喜んで席に

戻ってきた。同じテーブルの方々にも「おもしろかった? ね、おもしろかった

でしょ」とご満悦。こういうノーテンキなボスで、私は幸せ者ざます。

ちなみにスピーチが終わったら、熱はさっぱりとひいて、すっかり元気に

なったボスであった。

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今年は充実

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事務所もクリスマスモードに入った。

というか、私が勝手に飾り付けているだけである。チカチカの

イルミネーションに弱いらしく、わぁいわぁい成分が血液中に

増殖するため、この時期になると自分を抑えられない。社員に

こんなことをさせてくれるなんて、心の広いボスなのである。

玄関を入ると、このセットがドーンとあるので、ご来社された

お客様に「ここってホントに会社なの?」とよく聞かれる。

いーのいーの。一日の大半をここで過ごすんだから、ほんの

ちょっとでも楽しくしないといけないの。

実はこの時期ではなくても、うちのオフィスはおよそオフィス

らしからぬ飾り付けが随所にある。海外で仕入れてきた

オブジェや雑貨たち。以前、友人が遊びに来た時に「あんた、

いいかげんにしなさいよ。勝手にこんなことして」と叱られたが、

大きな勘違いなんざますの。これらはすべてボスが買い集めて

自身で飾っているんざますの。

海外の空港で「ヒー ライクス ア ジャパニーズマフィア」と

言われたほど、ちょっと見にはコワモテのボスだが、本性は

飾り付けが好きな愛すべきオジサンなのである。だから「ボクは

仏教徒なのでクリスマスは関係ない」と言いつつも、私が飾り

付けを始めても反対はしないのであった。

手前の小さな赤いツリーはアドベントカレンダー。1日から24日

まで箱があり、その中にはキャンディが入っている。欧米の

子どもたちが大好きなもので、一日、ひとつずつ食べながら、

聖夜がくるのを指折り数えて楽しみに待つのである。以前から

欲しいなと思っていたものを今年、スターバックスで見つけて

ソク購入。おかげで我が社のクリスマスモードは一気に

充実した。その他はボスが買ったり、ロケの小道具だったもの

であり、決して私が経費でそろえたものではありませぬ。

あしからず。

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ブリスベン&Gコーストロケ

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街でバギーを見かけると、さりげなくのぞいてしまうクセがある。一種の職業病である。

フツーの子どもを撮影するロケを17年間、続けてきた。フツーの子どもは街で探す。

カワイイ子を見つけると、人相のビミョーなカメラマンとディレクターと離れて、女性の

コーディネーターとともに近づき、主旨を説明して出演交渉をする。おかげで、バギー

発見→観察というクセがついてしまった。今回のようなキチンとオーディションをする

ロケであっても、つい空港到着時から条件反射でバギーをのぞきこんでいた。ま、私が

のぞいたって、ママと視線があったら、ニッコリ笑って、「かわいいね」と言えば、疑われる

ことはない。人相がビミョーではないオンナでよかったなぁ。

さて、4年ぶり4回目のブリスベン&Gコーストである。オーストラリアは時差がなく、人も

みな親切で、天気も安定しており、ロケに適した場所なので、これまで10数回、行って

いる。ことにこのブリスベンはサンシャインシティと呼ばれるほど晴天率が高く、シドニーに

比べるとモデルフィーも場所使用料も安め、しかも市の規制もおおらかで、パースや

メルボルンと並んで誠にロケしやすい街である。

空気は爽やかに澄んでおり、なんとも青空が美しい。こんな空の青さは東京ではお目に

かかれない。当然、夕陽も美しい。ステキな光景を日に何度も堪能できる。まさに役得。

海外ロケへ出ると、なぜか体調が超良好になるという特異体質を持っているので、

朝からゲンキ一杯にエンジョイしてしまった。海外ロケは体によいのだ。

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笑いのストライクゾーン

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親友のR子とは、よく旅をした。20代の年末年始は、毎年、彼女とどこかへ出かけた。

お年頃だったので、どちらにもカレシはいたが、なぜだか恒例となってしまい、

オンナ2人でアチコチ旅した。除夜の鐘を聞きながら、前髪にカーラーを巻いた

私とパックで真っ白顔になっているR子が正座で向かい合い、アケオメの挨拶をする。

色気があるんだかないんだかわからない20代だった。

ドジが服を着て歩いている2人なので、電車に乗って駅弁を広げてから、目的地へ

向かっているのか心配し出したり、ホテルの部屋の乾燥が気になってシャワーを

出しっぱなしにした挙句、火災探知の警報機を鳴らしたり、武勇伝(?)には枚挙に

いとまがない。もちろん、ドジの後には腹が痛くなるほど笑い転げた。

笑いには、各人のストライクゾーンがある。

R子と私は性格もまったく違えば、好みも逆。なぜ長い間、親友であるかを考えると

笑いのストライクゾーンがぴったり同じだからではないかと思う。それも、広い

ストライクゾーンではなく、極めて狭い針の穴のようなコントロールでぴったし

いっしょ。私がケタケタと笑い出すと、隣でR子もケタケタしている。その場に他の

友人がいる場合は「なにがそんなにオカシイの?」と思案投げ首。「なんでオカシク

ないの?」と涙目で笑い転げる2人という図式になる。

日光に旅行した時には、店の看板にハマった。けっこう個性的な店名が多く、

中でも‘バー・ふぅー’には息が吸えないほど笑い続けた。そんなR子と久し

ぶりに神楽坂へプチ旅行。日光チックな店が多く、‘バー・まぁる’で準備運動を

始めたら、その向かいの‘ルパン反省’で笑いもフル。本来は風情たっぷりの

しっとりした街なのに、いいトシしたオンナが2人でケタケタと笑い転げながら

歩いていく。人間、そんなに進歩するものでもない。

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陶炎祭

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去年、初めて行って、すっかりハマったお祭りに、また今年も行ってまいりました。

陶炎祭。茨城県の笠間で開かれる陶器の巨大フリマ的なお祭である。笠間は

多勢の陶芸家が住み、それぞれ独創的な作風で陶器づくりに取り組んでいる

芸術家の街。会場となる芸術の森公園には白いテントが200近く建ち並び、

独自の作品を販売している。和モノもあればスペイン風もある。暮らしの手帖

チックな陶器もあれば、アフタヌーンティ調のものもある。お財布と相談するのが

大変なのである。

しかも、祭り自体がクリーンな雰囲気。市民が運営しているため、一般的な祭りで

よく見かけるその道のプロの屋台はいっさいない。食べ物は芸術家たちがニョッキ

だのピザだのを手づくりして売っている。陶器の売り買いも「あ、じゃあ200円、

おまけね」などと文化祭チックで、のどかでおっとりしていて心地よい。文化祭と

違うのは、本物の芸術家たちなので、看板のペイントや白テント内のディスプレイが、

めちゃくちゃオシャレという点。200もあるテントを一軒一軒、のぞいてまわるのは

ホントに楽しい。コジャレた雑貨屋さんが並んでいるのと同じだもんね。

毎年、GWに開催。この頃、周囲の山里には若葉が芽吹き、私の大好きな

ポワポワの淡い緑が濃いグリーンを背景にしてぽよよんと浮かぶ。春の休日を

満喫できる、お気に入りのイベントである。

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おそれいりやのJUSOパワー

juso1    juso2

マイブームがコロコロ変わる。ここ数年ではビーズにレース編み、ERや24、

一眼レフ、スクラップブッキング、ロッテ選手の応援歌など多岐に渡ってはいるが、

とどのつまり、なんの役にも立たないものばかりだった。もちろん、世界平和など

には微塵も貢献しない。ま、自分の旬のハマリものだから、それでいいのだ。

ところが、最近のマイブームは、暮らしにリッパに役立つものなので、ここで

自慢しておきたいと思う。

それは重曹。別にペロリペロリとなめているわけではない。主に清掃方面で

ハマっている。ご存知の方も多いだろうが、重曹をパラパラとふりかけて軽く

こするだけで、これがキレイになるんですな。驚き桃の木山椒の木、恐れ入谷の

鬼子母神である。ハマり出すと徹底する性分だし、なんでも形から入る人なので、

吹き掛け用の霧吹きボトル、振りかけ用の塩入れ容器などのマイJUSOセットを

ずらりと揃えた。さらには、マニュアル本まで購入。このテキストによると、水に

溶かせばJUSO水となり、家具や壁にシュッシュッ吹きかけて拭き取れば、汚れが

きれいに取れるとある。教えのとおり、シュッシュッしつつ感動したのは、キレイに

なることはもちろんだが、安全であることの方だった。市販の化学清掃液を使う

時は、タオルで口や鼻を覆い、完全武装してコトに望む。「○○と混ぜないように」

「換気しろ」「マスクやメガネをしろ」だの表記されたこの類は、決して安全ではない。

料理にも使う重曹なら、吸い込んでもぜんぜん平気。もちろん、地球環境にも

迷惑をかけないで済む。

粉のまま玄関先などに置けば、消臭剤として働く。コジャレた小皿に入れ、ミントの葉

などを添えると、クロワッサン的な洒落っ気が出る。このマイブームのおかげで、

自宅と事務所の水道蛇口、ドア、壁、洗面台は新品同様にキレイになった。

以前にも清掃関係で役に立ったマイブームがあった。母が作る‘みかん水’である。

冬場、セッセと食べたみかんの皮を乾燥させ、なにかと混ぜて作るらしいのだが、

これは母に作る気がないと入手不可能なので、おととしの冬で終わってしまった。

しかし、この重曹はスーパーで簡単に手に入る。当分、ヒマがあれば重曹片手に

キョロキョロしつつ部屋を歩きまわっているにちがいない。

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おめでとう、ボビー

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私の体は読売巨人軍ファンのDNAを持っている。よって、3歳にして寝台列車に

乗り、春の宮崎キャンプ視察までやってのけている。

その頃からシブイ眼力を持っていたらしく、堀内投手が握手してくれようとして

いたのに、「アタチは王しゃんのファンでしゅから」と堂々と断ったらしい。

大人になってからは篠塚選手のプレースタイルが好きだった。なんたって

銚子商業時代からオッカケていた。こんな私が、今年はロッテファンにレタンル

移籍してしまったのだ。確かに、ボビーが再来してからは、彼のサンタ姿に

一目惚れして、グラリときてはいた。しかも、ここ数年、我が読売巨人軍の

人事異動に納得がいかず、握手を断ってしまったその人が監督になってからは

冬眠状態にあったので、にわかロッテファンとなっても仕方ない。言い訳する

つもりはないが、一応、千葉育ちでもある。

おととい、高校時代のバスケットボール部OB会に出席してきた。我が母校は

マリンスタジアムのすぐそば。だからというわけでもないだろうが、皆、ロッテ

応援団だった。ロッテは、いいチームである。高給取りのスターなんていない

けれど、みんながシブクてうまい。この写真は西武とのプレーオフ観戦時。

6回か7回、3アウトとも西岡の渋い、それこそ往年の篠塚さんを彷彿とさせる

ようなファインプレーでとってしまった。なによりファンを大事にする姿勢が

好ましい。勝利した後、ボビーが26のユニフォームを片手にファンに挨拶に

やってくる。選手とファンの一体感は東京ドームでは体感できないものだった。

少しは爪の垢でも煎じて飲ませてもらった方がいいぞ、我が読売巨人軍!

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