こころの写真

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‘写真’と関わって20年以上が経つ。まだ、うら若き乙女だった頃に

入社した広告制作会社のクライアントが某写真メーカーだったので、

おそらく他のコピーライターよりも写真や写真業界、写真文化には

詳しいと思う。他に自慢できるネタが乏しいので、数少ない自慢の

ネタはこうして大げさに公表することにしている。

日本の写真フィールドは人種的に分類すると「プロ」「アマ」「シロート」と

大別できる。「プロ」は当然、プロフェッショナルフォトグラファー。仕事の

形態やランクなどで細かく分かれており、ひとくくりにはできないが、

説明し出すと、ながぁーくなるのでまた別の機会に。とにかく、乱暴な

定義だが、写真でゴハンを食べている人たちがプロである。

次の「アマ」はアマチュアカメラマンたち。プロも顔負けの機材を持ち、

なかなかの腕前ではあるが、写真では食べてはいない。あくまでも

趣味である。「シロート」はひと昔前でいったら、フジカラーユーザー。

家族の日常や旅をスナップする思い出記録派である。

ここのところ、「アマ」の世界に異変が起きている。ちょっと前までは「アマ」と

言ったらガチガチの写真マニアを指していた。露出やシャッタースピードが

いくつだの、レンズは何ミリだの、カメラはドコ製だの、印画紙はナニナニ社の

ものだの、いわゆる技術論優勢型。人種としては高齢の方が多い。著名な

写真家を先生と仰ぎ、撮影会にもよく参加して、下手すると先生が三脚を

立てた隣に我が三脚を立て、同じような構図を狙っている。ここ数年で私が

感じているのは、この技術論アマではなく、感性で楽しむ人種が増えて

きたということだ。名付けるなら、新感覚アマ。このタイプに多いのは女性、

しかも若いお嬢さんたちである。絞りがいくつだのはあまり関係ない。ただ

「わぁー、キレイだな」「気持ちいい光景だな」という感じたままの心を写真に

描いていく種族である。旧アマの写真は「どこかで見たことがあるなぁ」と

いうようなあまり心の琴線に触れない作品が多いが、新感覚アマたちの

写真はストレートに心に響く。難しい写真論は省くが、要は見ていて

気持ちいい写真たちなのだ。私はこっちの方が好きなので、新感覚アマの

出現は嬉しい現象である。

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そんな新感覚アマたちの写真展を見てきた。私の弟分の若手カメラマン

‘むらい さち’が主催するフォト講座のメンバーたちによる共同写真展で、

会場も横浜の山手にあるエリスマン邸というコジャレた洋館である。

フレームは自分たちでヤスリをかけ、白ペンキで塗った手作り。

「うみたいむ」という写真展タイトルにふさわしい心地よいシーブリーズが

感じられるいい写真展だった。写真は脳みそで撮るものじゃない。心で

感じたなにかを描くキャンバスと絵筆である。彼らはそれを誰に教わるでも

なく、自然に体得している。残念ながら私自身には絵心がまったく欠如して

いるので、技術論から離れて自由に描き出した彼らの応援団長をして

いきたいと思っている。

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『写真』の意味

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広告業界のオモシロイところは、毎日、違った体験ができることである。

ことにウチの会社はボスが「コピーライターといえども、なんでもできる

ようになりなさい」という、ありがたい教育方針の人なので、私も海外ロケに

行ってディレクションしたり、大きなプロジェクトで広告代理店の営業サンの

ような仕切りをやったり、およそコピーライターとは無縁の仕事をさせて

もらえる。オフィスでおとなしくコピーを書いていると「あ、そうだ。私って

コピーライターだったっけ」と思い出す始末である。

7月某日。この日はフォトコンテスト審査会を仕切ることになった。まずは

士気を高めるために、ビジネスランチ。クライアントさんが気を遣ってくださって、

私のお財布では食べられないような高級イタリアンレストランに審査員の

先生といっしょに招待してくださった。前回のビジネスランチで、アメリカの

ビジネス社会のように優雅に会話を楽しみつつ、ナプキンで楚々と口元を

拭うなどといった光景は期待できないと学習していたので、モクモクと

食べる男性陣に混じっていても、今回はたいして落胆せずに済んだ。

経験は人を育てるのである。

Phototree

そのレストランにセピアの写真を使ったオブジェがあった。NYから日本に

初出店というだけあって、装飾もコジャレている。ふむふむと感心しつつ、

やっぱり『写真』というのは、やっぱり印画紙に焼いて初めて『写真』に

なるんだよなと思った。今はみんなデジカメやケータイで撮って、データを

PCにぶちこんでオシマイとなってしまっているが、それではまだ『データ』の

粋である。『写真』に昇格するには、やっぱり印画紙に焼かないと『写真』

とは呼べない。

今の若いママさんたちはアルバム作りをまったくしないのだという。

デジカメで撮ってPCにぶちこみ、ブログアップして終了。子どもたちが

大きくなった時、成長記録を綴ったアルバムがないなんて、どんなに淋しい

想いをするだろう。自分が愛された記録。それはPC画面で見ればいいって

ものじゃない。親が簡易ではあっても編集を考えながら一枚一枚、写真を

大切に貼ってくれたページを手でめくることに、意義があるのだと思う。

第一、PCが壊れたり、ブログを管理している会社が倒産してブログ自体が

消滅してしまったら、どうするのだ。

世のお母さんたち、デジカメで撮ったら、必ずプリントするようにしましょう。

そして、ただ羅列するだけでもいいから、アルバムを作ってあげてください。

子どもたちが成長する過程でなにかに躓いた時、愛されて育った記録が

きっと彼らを救うはずです。

母が厳しい人で、モノ心ついてからは叱られた記憶しかない私でさえ、

赤ん坊から幼児期のページを見ると、ほのぼのとする。グレずにまっすぐ

育ったのも、このアルバムのおかげである。

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なんちゃって江戸っ子

「生まれは?」と聞かれると「広尾病院です」と答えている。きわめて正しく

もっともな解答である。母の実家が近いので、広尾病院を選んだらしい。

父は宮崎出身だから、差し詰め私は九州男児と江戸っ子のハーフという

ことになる。そんな血統のせいか、祭りが大好きで血が騒ぐ体質に育った。

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今年も5月の第2日曜日、神田の祭りで神輿を担がせてもらってきた。神輿は

担ぎたけりゃ、だれでも担げるわけではありませぬ。それなりのツテやコネが

ないと担ぎ手の切符である法被はもらえない。幸運なことに親友のR子が

神田の生まれで、3代目の正統派江戸っ子。このありがたいご縁によって、

私も20代の頃から‘なんちゃって江戸っ子’に昇格させてもらっている。

おかげで町内のオジサンオバサンたちにも「よっ、ねぇさん、また来たねっ。

よろしくねっ」と歯切れよく声をかけていただけるようになった。6年前は張り

切りすぎて、右ふくらはぎに肉離れを起こし、松葉杖の生活となってしまった

ので、それ以降は学習してトシと相談しながら、担がせていただいている。

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町内会の人たちは、当たり前のことだが、担ぎがメチャメチャうまい。

普段は冴えない系の八百屋のオッサンが、ふんどしに法被姿で正統派の

担ぎを披露してくれると「カッコい~」と惚れ惚れする。だが残念なことに、

花のお江戸は人口が減少の一途。R子の町内会でも、随分と前から

担ぎ手が減少し、町内にある企業さんに協力を求めてきた。が、最近では

日曜出勤を嫌ってか、その神輿対策用臨時雇用(?)の企業人間も少なく

なっている。そこで、インターネットで担ぎ手を募集したところ、くるはくるは、

今年は500人近くも集まった。ただし、この初心者たちは担ぎ方を知らず、

粋とイナセが1ミリもない大喪の礼のような持ち方で、ひどい人になると肩に

入れずに、両手でおっとりと持っていたりする。祭りの礼儀も知らない。

お手を拝借~の1本でしめた後に「へぃっ!へぃっ!へぃっ!」とJリーグの

ような歓声をあげてこぶしを振り上げる。この惨状に町内のオッサンたちが

キレた。R子も私もキレた。ニッポンの江戸の祭りをなんと心得る!

かくして、インターネットで集合した若者たちは、担ぎ方や1本のしめ方を

懇々と伝授されるハメとなっていた。それでも神輿というニッポンの伝統に

若者たちが触れることはいいことだと思う。知らなかったら教えればいいのだ。

第一、神輿は体力的にずーっとは担いではいられない。入れ替わり立ち代りで

担がなければ、宮入から練り歩きを経て神酒所までは戻ってこられない。

こういう初心者たちに協力してもらわなければ、21世紀の江戸の祭りは存続

できないだろう。インターネット募集しなかった他の町内会などは宮入後に、

トラックで神輿を各神酒所まで運んでいた。私は、こっちの方が邪道な気が

する。もともと花のお江戸だって地方から人々が集まり、文化を形成していた

はず。定住者を増やせない以上、初心者たちに協力してもらいながら継承

していけばいいと思う。

Mikoshi 

かくいう私とR子も、20代の頃のようにずーっと担ぎっぱなしという荒行はせず、

抜けたり入ったりしている。それも、町内会の人が集まる神輿前方をウロチョロ

して、神輿をコントロールする差配オジサンたちに「ねえさん、入んなっ」と先頭を

担ぐ栄冠を幾度となくいただく。汗まみれのヘロヘロにガラガラ声、肩は真っ赤に

腫れあがりつつも、今年も楽しく終了。肉離れも起こさずに済んだ。

途中、足はつったけどね。

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一難去って、また一難

Shikai

昨年9月、実は日本の広告写真界の大御所たちに混じっての写真展に

強制参加させられた。この難行は私にとって、意識した以上にブレッシャー

だったようで、終了と同時にぐったりと脱力感に見舞われた。そしてまた、

かよわき私に災難が降りかかったのでござる。この大御所写真家軍団の

中の一人が個展開催と写真集出版するので盛大なパーティを開き、なんと

司会を私にとなにを血迷ったか指名してきたのである。まったくもって受難の

日々である。これは合コンの司会などとはレベルが違う。ご列席の方々は

写真界の重鎮や各企業のオエライさんたちばかり。100名を超すオフィシャルな

大パーティの司会という大役にすっかり恐れおののき、丁重に何度も何度も

辞退した。が、去年の写真展同様、「いーの、やるのっ」と軍団の先生たちは

即決したばかりではなく、「着物で出ればぁ」などと無責任な提案までもしてきた。

ド緊張の上に着物など着たら、きっと私は呼吸困難でぶっ倒れるに違いなく、

着物の件はヒラにご容赦願ったが、司会の大役は決定事項となってしまった。

私はフ~ラチャカしているように見えて、意外となんでも下調べとお勉強の人

なので、司会進行のマニュアルをネットで見つけ出し、決戦の日に向けて研讃を

積んだ。このマニュアルで、これはこれはと感心したテクが台本のカード化。

1枚ペラにダァーッとセリフを書き連ねると、当日のド緊張によって、1ブロックを

すっとばしてしまう可能性アリなので、セリフ3~4行分を1枚のカードにして、

そのカードをめくっていく形式が好ましいというのだ。ド緊張で手が震え、カードを

2~3枚、一気にめくってしまったらどうするのかとも心配したが、1枚ペラ原稿

よりはマシかと思い、このカード方式を採用することにした。コピーライターなので、

原稿書きはお手の物。内容・流れともにうまーくまとめ、カード化し、ボスの目の

前で幾度となく大きな声で予行練習し、当日は自信をつけてコトに望んだ。

ところが、クセ者が集まった写真家軍団は一筋縄ではいかない。私のカードの

順番など無視して、「おい、次はコレやれ」「この後、オレにしゃべらせろ」の連続。

主役の写真家の奥様までもが「親戚のボクちゃんが花束贈呈をしたいといって

るんですの、よろしいかしら」とおっしゃる。しまいには会場側の小粋な計らいで、

サンバチームが演奏と踊りを入れ込むというのだ(ちっとも小粋じゃないやっ)。

台本にはない突発事項の連続に、開幕直前には瀕死状態となってしまった。

あ~、かわいそうに、大失敗だったのね・・・と同情してくださる皆さん、モノゴトは

思いも寄らぬ進展を見せるものであります。「皆さま、こんにちは」と始めた途端、

私は小学6年生の時に放送部に所属し、「皆さま、お昼の校内放送の時間です」と

落ち着いたトーンで放送する花形アナウンサーだったことを突然、思い出した

のであります。しかも、自己紹介をしたところで、私のクライアントの部長さんが

「よっ、tamaちゃんっ!」と掛け声を発してくださり、これにて一件落着。

パニクった5分前とは別人のような、冷静沈着、NHKの女性アナウンサーの

ように落ち着いた声でハキハキとしっかり司会をこなす大物になったので

ございます。祝辞をいただくオエライさんたちの会社名も役職名も間違うことなく、

カムこともなく、適度に笑いもとり、リッパにこなしたざます。宴もたけなわで

ございますが・・・と終了の挨拶も済み、「なぁんだ、ちゃんとできたじゃん」と

思った途端、ぐったり脱力感。帰路は、右足を前に出したら次は左足という

二足歩行さえも覚束ないほどに疲れきり、帰宅後はすぐさまベッドになだれ

込み、昏々と眠り続けたのでありました。

先生たち、もう、受難はけっこうでございます。

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メグライアンになった日

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皆さま、東京ミッドタウンへはもうお出かけになりましたか?

私はクライアントがこのビルに入ったので、3月初旬から毎日のように

通っているざます。とは言っても、行くのはオフィス空間ばかりで、

華麗なショッピングゾーンにはまだ足を踏み入れてはいない。

このミッドタウンで、先日、かねてより密かに憧れていたビジネスランチ

なるものを初体験した。

その嬉しい知らせは前日の夜。「ビジネスランチしながら打合せしよう」と

担当者から連絡が入った途端に、私は一気にメグライアンになって

しまったのだ。なぜメグ・ライアンかというと、深く聞かないでほしいが、

映画の「Kate & Leopold(邦題はニューヨークの恋人)」が印象的だった

からである。別に、メグがビジネスランチしてたシーンがあったわけじゃない。

なんだかこの作品のメグのオフィスファッションがとてもカッコよくて

脳裏に焼き付き、ビジネスランチという響きを聞いて一足飛びに連想した

のだろう。だから、深く聞かないでほしい。

タマメグライアンは、普段よりはビジネスチックにキメて出かけた(他人

にはわからない程度)。けれど、やはりここは日本。クライアントも

日本企業。出てきたランチはしっかり‘和’であった。ナイフ&フォークが

並んだテーブルを想像してたが、わらわが浅はかであった。

とはいえ、懐石風のお膳はそれなりに豪華版。気分を取り直して、いざ

ビジネスランチモードに突入しようと思ったが、いかんせんニッポンの

企業戦士たちというのは、ゆっくりとミーティングをしつつ、ランチを優雅に

いただくという映画で見るような図式にはならないらしい。私のほかは全員、

男性ばかりということもあったのだろうが、パクパクッとすごいスピードで

無言で食べて、その後、打合せに入るの図。これじゃ、ビジネスランチじゃない。

優雅に株式のことなど話しながら(広告畑ではそんな話はしないけどね)、

ほんの少しずつ口に運び、時折、ナプキンなどで口元をぬぐう。そんな

映画で見るような展開にはならないのであった。それどころか、周囲が

終わってしまった気配を感じ、焦りまくってカプッとまる飲みし、味なども

まったくわからずに胸を詰まらせる始末。1人、給食を食べるのが遅くて、

お掃除の時間に入っても、ぽつんと食べさせられている児童になってしまった。

ビジネスランチは、儚き夢と消えた。ま、私もメグライアンじゃないから

大きなことは言えないけど。

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